動 画 ギターオリジナル曲 木下 純

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ギター演奏による風景写真動画

 タイトル…「Country Comfort」(ギターオリジナル曲)

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お聞き苦しい点もあると思いますが、ほんのひととき心に安らぎを感じていただけたら嬉しく思います。
  
画像タイトルの「ギターオリジナル曲:Country Comfort」をクリックするとYouTube.comでも視聴できます

 

今年もネット展に出展させていただくことになりました。 この曲は昨年の作品と同じ時期、今から15年ほど前に作ったものです。 私は1948年、滋賀県彦根市に生まれました。ご存じのように城下町として、また近年はゆるキャラの「ひこにゃん」ですっかりおなじみになった街です。

18歳までは彦根にいましたが、その後大学進学で東京に行き、ポプコンに出場を契機に1978年、ヤマハ株式会社(旧日本楽器製造)に入社、音楽普及課に配属され、普及一色のヤマハ人生を送ることになるのですが、入社半年後財団に支部ができまして業務ともに財団へ出向いたしました。 そしてその後ずっと東京におりまして、自分はこのまま一生東京で人生を終えるものと思っておりましたところに1983年初めての転勤辞令が出たのです。場所は広島、私にとってはまったく縁もゆかりもない土地でした。 しかし、広島に勤務しておりました数年の間に縁ありまして結婚、家族を持つようになりました。 その後、一旦東京支部に戻ったのですが、すぐに名古屋支部への転勤辞令。 そこに7年、そして再び広島への辞令。そこで私は骨を埋めるつもりで居を構えましたが、2年も経たないうちに今度は大阪への転勤が命ぜられました。 大阪には3年ほど単身赴任いたしましたが、その間、会社の体制変更などに伴い1999年、50歳で早期退職をして家族の居る広島に帰り、根を下ろすことを決めました。

私は家族とともに日々を過ごすことを選んだのです。 しかし、人生とはわからないものですね。 2008年の秋、妻を49歳で亡くしました。 当時、子供らは既に二人とも東京の大学に行っていました。妻を介して縁を持った広島で、まさか自分はひとりになるとは想像さえしませんでした。 時は流れ、妻が亡くなってから今年の秋で9年目、今私は東京に住んでいます。
いろんな土地へ行きましたが、私にとっては…

生まれ故郷で18歳まで過ごした彦根…。
若いころ音楽一色に染まって、たくさんの仲間が居た東京…。
家族とともに生き、…またひとりになってしまった広島…。
この三つの土地すべてが私の…故郷です。

どこへ行っても、みんなから「お帰りなさい」と言われます。そのたびに胸が熱くなります。
ただいま!そして、ありがとう!

この曲は「Country Comfort」(大好きなエルトンジョンの作品・・・・「故郷は心の慰め」) から同名のタイトルをつけさせていただきました。 皆様にも、きっと…数々の故郷があるのではないでしょうか…? 皆様のそんな故郷を思い浮かべながら、見て聴いていただき、少しでも心のやすらぎになれば嬉しく思います。 写真は今までご覧いただいたものも多いと思いますが、広島、東京、彦根、この三つの街の思い出と風景を私の勝手な個人的な思いとともにランダムに並べさせていただきましたのであしからずご容赦くださいませ。ありがとうございます。

木下 純(記)




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